2009年08月17日

大好きな歌43(怪傑ハリマオ)

今日から数日の間は、ウルトラマン以前の子供向けヒーロー番組の主題歌を取り上げようと思います。

“怪傑ハリマオ”は、昭和初期にマレー半島に実在した日本人の盗賊、谷豊(たに ゆたか)をモデルに、山田克郎という小説家が著した物語を原作に1960年4月5日〜1961年6月27日まで日本テレビ系ほかで放送されていたテレビ映画です。

このオープニングは鮮烈に記憶に残っています。

怪傑ハリマオ(オープニング)


実在した谷豊という歴史上の人物には悲しい物語があります。

豊は理髪店を営む家庭の長男として生まれました。豊が生まれてまもなく、一家はマレーシアトレンガヌ州に移住します。

これ以来、豊は日本人ながらマレーシアの文化に親しんで育ちます。

「教育は日本で受けさせたい」という親の意向で、1916年学齢期にはいったん帰国(祖父母の家に滞在)し、福岡市立日佐小学校に入学するものの、1924年、再びマレーシアへ戻り、マレー人の友人たちとともに青春を過ごしました。

当時の豊は親分肌で皆に慕われていたといいます。余談ですが、マレーシア文化の影響をうけ1930年ころイスラム教に帰依したそうです。

1931年、二十歳になったとき、徴兵検査を受けるため再び帰国。しかしイスラム教に帰依した豊にとって、天皇を現人神として絶対視する当時(昭和初期)の日本軍の思想と相容れず、そのために不合格となります。

軍隊入りがかなわなかったことは、マレーシア文化のもとに育ちながらも日本人としての意識を強烈に持ち(ある意味、当時の日本人青年としては当然ではあるが)、祖国の役に立つことを夢見ていた豊にとってかなりのショックだったらしいです。

さて、当時マレーシアでは、満州事変に対して在マレーの華僑たちが排日暴動を起こしており、そのさなかの1932年11月にマレーシアの谷家(店舗兼住居)も破壊され、さらにたまたま寝込んでいた豊の妹シズコが暴徒に斬首され殺されるという悲劇にみまわれます。

暴徒は妹の首を持ち去り、さらしものにまでしたともいわれています(なおこの首は隣家の歯科医が奪還し、遺体と縫い合わせている)。

この事件により谷一家は日本へ引き揚げざるを得なくなりました。

帰国した母親から事件のことを聞いた豊は激怒し、1934年7月、単身再びマレーシアへ向かい、マレー人の友人たちと徒党を組み華僑を主に襲う盗賊団となります。

数年の間、マレー半島を転々としながら活動を続けます。

そんな中、太平洋戦争が始まります。

開戦にあたり日本陸軍は、マレー半島攻略を第一目標とし、現地に精通した諜報員を欲していました。

日本軍の現地工作を担当した特務機関・「F機関」は、日本人でありしかもマレー半島を股にかけて活動する豊らの盗賊団に目をつけました。

1941年12月、諜報組織に引き込むと、マレー半島攻略は順調に進んでいったそうです。

その後も豊は部下とともに諜報活動に従事しますが、そのさなかに感染したマラリアによりシンガポール(昭南)で31歳の若さで死亡したとされています。

遺体は部下らが引き取り、イスラム式の葬礼をおこなったといわれています。

なお諜報員として働いていた豊は軍属ということで戦死あつかいされ、福岡の実家への戦死公報が届けられました。

日本軍としてはこの劇的な日本人諜報員・谷豊を戦意高揚のシンボルとして利用しました。

また、豊は「マレーのハリマオ」または「ハリマン王(ハリマオの転訛)」などとよばれて大々的に宣伝され、映画なども作られたそうです。

ハリマオとはマレー語で「虎」を意味します。この名前は「豊のマレーでの通称『ハリマオ・マラユ』」に由来するとも、「豊らの盗賊団を諜報員にした際の作戦名『ハリマオ作戦』」に由来するとも言われていますが、豊が死後英雄視される中で広まります。

こうして伝説的な英雄「ハリマオ」の虚像が一人歩きをはじめました。

以上、ほとんどWikipediaからの引用です。

怪傑ハリマオ誕生の背景が分かると、アジア人を迫害する白人と、それを救う日本人ハリマオという図式は大東亜共栄圏思想に通じるところがあると感じてしまいます。

敗戦の悔しさが日本人の潜在意識に深く残っていた昭和30年代ならではの、テレビ映画といえるのではないでしょうか。

怪傑ハリマオ 1960年4月5日〜1961年6月27日まで日本テレビ系ほか


豊没後半世紀を経た20世紀末になって、ようやく一人の人間「谷豊」としての再評価がはじまっているそうです。

豊が愛したマレーシアでも、1996年に初めて彼をテーマとしたドキュメント番組が組まれ、その番組のラストは次の言葉で締めくくられたそうです。

“イギリス軍も日本軍も武器ではマレーシアの心を捉えられなかった。心を捉えたのは、マレーを愛した一人の日本人だった。”


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posted by ケンちゃん at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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